映画・テレビ

2008年7月18日 (金)

全然ダイジョウブ

 朝の連続テレビ小説『瞳』。初の連続テレビ小説完全視聴を目指し日々努力(?)している。

 この前に放映されていた『ちりとてちん』。視聴率的にはあまり好成績とは言えなかったようだが、放送終了後の評価は高く、DVDの売上も好調のようだ。

 もしかしたら朝の連続テレビ小説を放送時間通りに観ている人が少なくなったのかもしれない。そういう私もビデオにとって時間差で観ているひとり。我が家だけに限らず、決まった時間に決まったことをできるほど今の日本人の生活リズムは一定のテンポではいかないようだ。

 『ちりとてちん』のヒロイン、貫地谷しほりちゃんheart04。連ドラ終了後も大忙し。立て続けにドラマで主演を張っている。先日始まった水戸黄門のはざまドラマ(?)『あんどーなつ』。これまた視聴率はいまいちだったようだが、面白い。もともと和菓子も好きなので感情移入もしやすい。楽しみだ。

 さて、『瞳』。作者鈴木聡さんの主宰する劇団「ラッパ屋」のファンなので贔屓たっぷりで見続けているのだが…。

 ドラマのテーマは3つと勝手に推察する。ひとつは「里親制度」。次に「ストリートダンス」。そして「下町情緒」。「里親制度」について、それ自体ドラマに盛り込むのはいいのだが、時々ストーリーを遮って解説が入るのが興ざめ。うまくストーリー内で伝えて欲しい。

 「ストリートダンス」は若者文化を伝えようとする意図があって加えた要素なのかどうかは分からないが必要性を感じない。むしろ朝の連ドラのイメージからして異物感すら抱いてしまう。ストーリーの中で主人公「瞳」が子育てとバイトとダンスの3足のわらじで無理をして体調を崩してしまう件があったが、ドラマ自体もそんな感じ。ましてやドラマを早めに切り上げ「まゆげ猫ダンス」の振付を紹介するなんて…。あれ自体可愛いから好きなんだけど、そんな熱烈な支持を受けているものなのかは疑問。

 「下町情緒」に関しては、せっかくあれだけの役者を配しているので、もっと話の中心にしてもいい。特に前田吟さんの演技がいい。ただ、「みんなで拍手しましょう」とか声を揃えて何か言ったりなど学芸会の劇っぽさが気になる。同じ下町(浅草)を舞台にしている『あんどーなつ』の人情の描き方が良さそうなので(まだ2話なので何とも言えないが…)余計わざとらしさが目立つ。

 かつて「ラッパ屋」で「斉藤幸子」というタイトルの芝居を上演したことがあった。舞台は月島(のもんじゃ屋)。今回のドラマ同じだ。とても面白い芝居だったので同じ月島舞台の今ドラマを楽しみにしていたのだが…。

 で、長々書いてきたが今回めったに批評などしない今ブログでこんな内容のものを書いてしまったのはドラマで出てきたあるセリフのことを書きたかったから。

 「全然大丈夫」

 瞳も、西田敏行演じる「勝太郎」もこの台詞を使った。そういう私もつい使ってしまうのだが、NHKで使われるとこれまた話が違う。この用法がNHKのお墨付きを得て、本格的に市民権を得てしまうのだろうか。

 今更そんなこと言ってるの?古いよ。みんな使ってるし何が間違ってるかも分んないよ。全然平気っしょ。そんな風潮? 

2008年3月31日 (月)

ちりとてちん終了。そして・・・

 先週の土曜日、NHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』が終わった。終盤ほんの少ししかお付き合いしなかったのだが、それでもこんなに朝の連続テレビ小説を見たのは初めてである。

 思えば、夏休みに母方の実家へ遊びに行くと朝からずっとNHKがついていた。ニュース、天気予報…。田舎の朝は早く、そして忙しい。御飯の支度や掃除、洗濯、田んぼの見廻り、畑の水やり。ろくにテレビなど見ていられないのだがBGMのようにNHKのアナウンサーの声が広い家に響いていた。

 ところが、朝8:15になるとみんなテレビの前に集まってくるのである。しかも手を休めて…というわけではなくちゃんとひと区切りつけて集まってくるのだ。これが「生活のリズム」というものなのだろう。ドラマが終わればまたみんなそれぞれの仕事に散っていきテレビではほどなくして夏の高校野球が始まる。

 さて、『ちりとてちん』。上方落語を題材にしたお話でした。落語好きの私には堪らない内容(もっと早く気付けばよかった…)。脚本は藤本有紀さん。元々舞台の脚本も手がけていた方で、私が最も愛した劇団「カクスコ」の台本にも携わっている。ちなみに私には個人的に愛する3つの劇団がある(あった、というべきか)。前述の「カクスコ(注:解散)」。それに「鈴置洋孝プロデュース(注:鈴置氏=ブライト・ノア=天津飯=日向小次郎死去の為活動休止。劇団「鈴舟」として再出発)」。そして「ラッパ屋」。

 新しく始まった連続テレビ小説の原作はこの「ラッパ屋」を主宰している「鈴木聡」氏が手掛けている。登場人物を見てみると…劇団員の「おかやまはじめ」が名を連ねている。他には…おぉ、大泉洋所属で有名な劇団「TEAM―NACS」の「安田顕」も1話から登場。更に「高田延彦」の名まである…。なかなか興味深いキャスティング。

 そんな訳で

         朝の連続テレビ小説完全視聴

                をここに宣言いたします!

2008年3月17日 (月)

ひとり夜の過ごし方 店主の場合

 土曜、妻が実家へ帰った。……と言ってももちろんただの里帰り。「実家に帰らせていただきますっ!」ってことだったらのんきにブログなど書いていられない。

 そんな訳で土曜は久々自宅でひとり酒、手酌酒。アテは近所で買った焼き鳥とすき焼きの残りと油揚げを焼いたものにショウガ醤油とマヨネーズをかけたもの。シーンとしているのもさみしいのでテレビをつける。画面に映ったのは映画『UDON』。そうだった。ビデオ録ってたんだ。という訳で早速再生。

 普段はめったに映画を見ないわが夫婦。ビデオ借りるなんてこともない。時々気になる映画が放送されたら録画をしておくくらい。それすら見ずにそのまま、なんて事もしょっちゅうだ。だから放送を追っかけるようにビデオを見るなんてひとりだからこそできることだ。

 映画『UDON』。滅多に録らないビデオを録ってまで見ようと思ったのはただ単純に自分も香川に行ったから。高松駅周辺のお店にしか行ってないので知ってるお店が出るわけではないだろうが、香川の雰囲気を映画でもう1度味わいたかったのだ…。

 泣いてしまった。最近さらに涙もろくなったようだ。それでも妻と一緒だったら泣かなかっただろう。照れくさいやら意地やら……。もし妻と一緒に感動ものを見てしまった時はわざと気を逸らしたり、何か食べたり飲んだりして画面に集中しないようにする。「泣きゃぁいいのに…」と言われるがとにかく恥ずかしくっていけない。

 「そうだ。今夜はとことん泣こうsprinkle。」

 泣いたり笑ったりして感情を出すことはストレス発散になる。笑うことはよくある。気性がいいので(気がちっちゃいので)怒ることはあまりない。がそれほど腹を立てることも少ない。今自分に1番不足しているのは泣くことだ。

 まずは『みどりのマキバオー』。朝日杯前、重馬場が苦手なマキバオーのために必死に芝コースを雑巾で拭くチュウ兵衛(3巻)、そのチュウ兵衛が死んでしまうダービー(8,9巻)を読んで涙腺をしっかりと緩ませる。

 次にDVD『3×3EYES 第2シリーズ』の最終話(内容は省略)。更にDVD『電影少女』最終話。途中の「Nav Katze」の挿入歌が泣かせる。ちなみにどっちの作品も主役の声は「林原めぐみ」さん。懐かしいなぁ…。

 とどめは『新選組!』。山南さんが切腹する「友の死」。私の1番の泣き所はラスト。いつもクールな色男「土方歳三=山本耕史」が顔をぐちゃぐちゃにして泣いているシーン。

 もう号泣rain

 ひとりの日しかできないストレス発散。時間は3時を回っていた…。 

2007年12月 7日 (金)

キャノンのCM

 最近、わが店名の由来にもなっているチャップリンの映画『モダンタイムス』で使われていた曲がキャノンのプリンターのCMで使われている。

 CMではアレンジされているが、もとの曲名は『ティティナ』 。無声映画を作り続けてきたチャップリンがスクリーン上で初めて肉声を披露したある意味衝撃的シーンでこの曲は使われている。

 大雑把なあらすじ。

 劇中、終盤。何をやっても失敗ばかりの放浪者チャーリー(チャップリン)は恋人のいるダンスホールにウエイターとして勤め始める。やはりそこでも失敗ばかりのチャーリー。それなら、と何か客の前で歌うようオーナーらしき人物から指名される。

 困ったチャーリー。恋人が「あなたなら大丈夫」と励ましながら歌詞の覚えられないチャーリーのために歌詞を書いたカンニングペーパーを渡す。

 颯爽と客の前に現れるチャーリー。イントロで調子に乗って踊っている合間にカンニングペーパーを吹っ飛ばしてしまう。

 いざ、という時にそのことに気づき慌てるチャーリー。なかなか始まらないショーに客はブーイング。恋人にアイコンタクトで「どうしよう。無くしちゃった。」とチャーリー。「適当に歌って!」と非情な指令を出す恋人。

 そこで歌い始めるのがこの「ティティナ」。はじめて聞くチャップリンの肉声に当時、映画館に集まっていた観客はどんなことを思ったのだろう。どよめきか、大歓声か…。劇中ではチャーリーの面白おかしく歌う「ティティナ」に大歓声。それにのせられ振り付けもだんだんオーバーになってくる。観客ますます大歓声そして大拍手。

 チャーリー、人生初の大成功…、と思いきや恋人がお尋ね者(感化院=孤児院みたいなもの?の脱走者)だったため、二人でそこを逃げ出し、再び放浪者に逆戻り。

 という感じ。ちなみに「ティティナ」は無国籍の言葉で歌われており、まさにデタラメ。しかしこれは表情と振りだけでも思いは伝わる、というチャップリンがこれまで培ってきた演技や無声映画の素晴らしさとトーキー(発声映画)によって演技が疎かになることに警鐘鳴らす意味が込められていた、と言われている。

 そのチャップリン。亡くなったのは1977年12月25日のこと。今年は実は没後30年にあたる年。店内でも「ティティナ」を流しているので興味のある方は是非どうぞ。間違っても何て歌ってるか訳してみよう、なんて思わないように。