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2008年3月 3日 (月)

ロス疑惑と1981年

 いきなり再燃している「ロス疑惑」。正直たいして進展もしていない話題を過熱気味に連日伝える情報番組には少々飽き飽きしている。

 が、気になるのは「ロス疑惑」が起きた当時の世相。事件そのものについては各自新聞等で調べてもらうとして、ここでは事件の起きた1981(昭和56)年についてモダンタイムス的独断と偏見の視点で振り返ってみたい。※ちなみに「ウィキペディア」を参考に使っております。

 1981年。昭和56年と言えば昭和48年生まれの私は8歳くらい。この頃の歌謡界はどうだったのか。この年発表された曲は私は今でも歌詞を見ずに大体歌えるだろう。名曲が多いのも確かだが歌番組自体全盛期だったのかもしれない。早速手持ちのCD『青春歌年鑑’81』を見てみよう。この年は何といっても『ルビーの指輪』。ベストテンで連続1位記録を打ち立てた名曲だ。他にはハイスクールララバイ、長い夜、みちのくひとり旅、街角トワイライトが並ぶ。この頃はまだ「シャネルズ」か…。また、この年は松田聖子、たのきんトリオ…たきんコンビの曲が多く収録されていて、勢いを感じさせる。

 次に映画・テレビ番組。この年に日本で上映された主な作品はエレファントマン。セーラー服と機関銃。映画版ガンダム、ガンダムⅡ哀・戦士編。話はそれるが、最近「カロリーを消費しやすいカラオケランキング(よく歌われている曲限定)」が発表されていたのだが、「セーラー服と機関銃」が入っていた。それだけでなく、原曲(?)の来生たかおの「夢の途中」もランクインしていたのでよっぽど効くのだろう。メタボ対策の一環として覚えておこう。

 閑話休題。次にテレビ。Dr.スランプ、ダッシュ勝平、うる星やつらが放映開始。君は「きめっ!」ができるか…。また金八先生シリーズ2は3月で放送終了。加藤優の腐ったミカンの方程式はこの年に答えが出る。 また、前田有紀アナ(テレ朝)、眞鍋かをり、斎藤舞子アナ(フジ)、星野真理、安倍なつみ、安めぐみらが誕生。ようこそこの世へ。

 最後にスポーツ界。大相撲では千代の富士が横綱昇進。年間3度の優勝を飾りウルフ時代の到来を告げる。プロ野球は長嶋監督の後を受け継いだ藤田巨人が日本ハムを破り日本一。いわゆる後楽園シリーズである。セリーグのMVP、新人王、首位打者、本塁打王、打点王は江川、原辰徳、藤田平、山本浩二、山本浩二。パリーグは江夏(日ハム)、石毛、落合(ロッテ)、ソレイタ(日ハム)・門田(南海)、ソレイタ。ちなみにこの年中日・宇野勝のヘディング事件が起きた。

 競馬。ダービーはカツトップエース。有馬記念はアンバーシャダイがそれぞれ勝ち、年度代表馬には天皇賞(秋)を勝ったホウヨウボーイが輝いている。この天皇賞は名勝負の一つとして語り継がれる名レースである。モンテプリンスとの200mに渡るマッチレース。壮絶な叩き合いの末ハナ差でホウヨウボーイが勝つのだが、このレースの力強く繰り返される「ホウヨウボーイ!モンテプリンス!!ホウヨウボーイ!モンテプリンス!!…」の実況は当時よく真似していた記憶がある。この2頭、そろって記念すべき第1回ジャパンカップに出走。ファンからすれば馬場猪木のBI砲のようなものである。ところが両馬とも着外に撃沈。勝ったのはカナダのGⅡクラスの牝馬メアジードーツ。当時のBI砲は世界レベルで見るとヤマハブラザーズくらいだったのかもしれない。

 締めはプロレス。新日マットでタイガーマスクデビュー。空前のプロレスブーム到来である。全日恒例最強タッグリーグはブロディ・ジミースヌーカ組が優勝。この試合、リングサイドには新日のエースレスラー、スタンハンセンの姿が。異様なムードで進む試合。終盤、親友ブロディのアシストとばかりに遂に場外でテリーファンクにラリアットをかましKO。試合終了後怒った馬場・鶴田がハンセンに宣戦布告。馬場のチョップで私服のハンセンは血だるまになったシーン。何より鬼の形相の馬場さんが記憶に残っている。以来ハンセンは全日に移籍。

 長々と1981年を振り返ってみたが少しはタイムスリップできたであろうか…。偏りすぎ?三浦和義の号泣シーンと共にいまだにリアルに覚えているシーンがたっぷりあるこの年。皆さんとってはどんな年だったのだろうか。